金峯山の別当、毒茸を食ひて酔はざる語 (現代語訳)

 今は昔、金峯山の別当は山で一番年配の者がなる事になっていたのだが、二番目に年長の僧がいて、

「あの別当が早く死ねばいい。そうすればわたしが別当になれるのだから」

 と強く願っていたが、ぴんぴんしてとても死にそうになさそうであったので、二番目に年長の僧は思い悩み、

「この別当は八十歳を過ぎたというのに、ぴんぴんしている。一方のわたしは既に七十歳になってしまった。場合によっては、別当になれず先に死んでしまう事もあるやもしれぬ。だからこの別当を打ち殺したいのだが、変な評判が立ってしまっては困る。――ここは毒をもって殺してやろう」

 と心に決めた。

「御仏が何とお思いなさるか恐ろしいところであるが、かと言ってどうしようもない」

 と、どんな毒を使おうか思い巡らしていた。

「和太利《わたり》という茸を食べれば誰でも中毒して死ぬと言う。これを取って来ておいしそうに料理して、平茸だと言って食べさせれば必ずや事を成し遂げられよう。――そしてわたしが別当になるのだ」

 秋の頃であったので誰も連れずに一人で山に行き、和太利をたくさん取って来た。夕暮れ近くに僧房に帰ってくると、秘密裏にこれを全部鍋に切って入れ、おいしそうな油いためにした。

 さて、次の日の朝早く、別当のところに弟子をやって「すぐにいらっしゃって下さい」と伝言を伝えると、程なく別当は杖を突きながらやって来た。この僧は別当に向かって、

「昨日、ある人から見るからにおいしそうな平茸を頂きましたので、煎りものにして食べて頂きたいと思いお呼びした次第です。年を取るとこのようにおいしいものが欲しくなるものですな」

 と話すと、別当は喜んで頷いた。米の飯に和太利の煎りものを温めて吸い物にして食べさせると、別当は腹いっぱい食べた。一方の僧は別に用意した平茸を食べた。

 別当はすっかり食べてしまい、湯を飲んでくつろいでいたので、僧は、

「よし、うまくいった。今に胃液を吐き、頭痛で苦しみまわるに違いない」

 と心待ちにしていたが、全くそのような気色がない。おかしいと思っていると、別当が歯の抜けた口を少し微笑ませて、

「誠に馳走であった。生まれてこの方、この老法師はこのように見事に料理した和太利を食べた事はありませぬぞ」

 と言った。

 僧は「それでは和太利と知っていたのか」と、恥ずかしくてもの言えずに奥に入ってしまったので、別当も自分の僧房に帰っていった。

 実はこの別当は、日頃から和太利ばかりを食べていたが少しも毒が効かない体質であったのだが、これを知らなかった僧の企みは失敗してしまった。このように毒茸を食べてもまったく毒にあたらない人もいるのである。

 これは同じ山に住んでいた僧が語った話であると伝えられている。

【主な参考資料】

 今昔物語集 本朝世俗部(三)、武石彰夫訳注、旺文社(※絶版)