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とりかへばや物語・現代語訳 (第十章の冒頭)

 宰相中将は人目を忍ぶ恋路の逢う事もままならぬ辛さに嘆き沈みながらも四の君とは心を通わせ、折々を逃さぬ逢瀬に心を慰めていた。だが好色癖は相変わらずで四の君に対する愛情は限りないが一つの恋だけではとても満足出来ない。中納言が聞いたら具合悪いに違いない。

 何といっても宣耀殿《せんようでん》の尚侍《ないしのかみ》に限りなく心を惹かれており、人に気を使わねばならぬ四の君との関係も慰められるだろうと、また以前のように宰相の君という女房を涙ながらに口説き始めた。そして遂にどんな隙があったのか、尚侍が厳重な物忌みで梨壺にも行く事が出来ない夜に宣耀殿に忍び入る事に成功した。

 尚侍は驚いてものも言えなかったが、身分に似つかわしく思慮深かい様子で、慎ましく身動き一つしない。宰相中将は泣く泣く恨み言を訴えたが、そうこうするうちに夜が明けてしまったので、外に出る事も出来なくなってしまった。妙な事になって互いに困ったと思うがどうしようもない。尚侍は厳重な物忌みにかこつけて帳台の帷子と母屋の御簾を全部下ろし、下の局にいる女房が来れないようにした。事情を知る二人の女房だけが困り果てていたが、宰相中将はかねてから噂の尚侍の器量をぜひとも見たいと思っていたので、ただ見てみたいと思う一心で万事を忘れて夢中になっていた。

 尚侍は背が低く身体も小さいが欠点というほどではない。御髪《みぐし》は糸をよりかけたようにゆったりと豊かで、顔は中納言を少し上品にすっきりと美しくしたようでいっそう優美であった。四の君も上品で美しく繊細で親しみ易く愛らしいがそれとはまた違った美しさで、目も眩むばかりの輝かしさは比類ない。宰相中将は心の限りを尽くして思いを訴えるが、尚侍は一見、非常に弱々しく優美で儚げな様子でありながらなびく様子は全くない。心を惑わし涙を尽くして口説くうちに日が暮れ、更にその夜も明けてしまいそうになるので尚侍は困って言った。

「物忌みが終わると父君も中納言もこちらに来るでしょうから、このままでは困ります。もし本当に深い愛情があるのでしたらここを立ち去り、『志賀の浦の風』のように私に文を下さいましたら、どれほど嬉しい事でしょう」

 言いようもなく愛らしい調子の声は中納言そっくりであった。その声に宰相中将はますます心を奪われ、いよいよ出て行く気にならない。

後にとて何を頼みに契りてかかくては出でむ山の端の月

(後にといっても何を証拠に約束出来ましょうか。このままでは山の端の月のように出る事も出来ません)

「このままではあまりに酷です」

 宰相中将が言い終わらぬうちに尚侍が歌を詠んだ。

志賀の浦と頼む事に慰みて後もあふみと思はましやは

(『志賀の浦』と約束した事に心を慰められておりますので、また後に逢える身だとは思っておりません)

「よく考えて頂けますか」

 愛らしげに言うので、これ以上は無理押しする訳にもいかず、宰相中将は魂を尚侍のもとに残し、抜け殻のまま帰って行った。

【 続く 】